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2010年8月18日 (水)

占守鋸草:戦争の忘れざるべき歴史を秘めた花

 今日8月18日が、ソ連軍による北海道占領を防いだ占守(シュムシュ)島の戦いが始まった日であることをご存じの方は少ないのではないでしょうか。私も、恥ずかしながらつい最近知ったばかりです。

  占守島の地理(塩竃市HPを修正)
 実は毎年7月から8月の頃、小石川植物園の一角にひっそりと占守鋸草(シュムシュノコギリソウ)の花が咲いています。この花は千島の北東端にある占守島で発見されたので、この名前が付いたとのことで、国内では利尻島、礼文島、北海道北部の山地にに分布しています。  

小石川植物園にひっそりと咲く占守鋸草(シュムシュノコギリソウ)の白い花
 園内でこの花を見つけた時は珍しい名前だなと思いつつも何気なく写真を撮っていました。しかし、最近占守島の戦いのことを知り、この花は我々が忘却してはならない戦争の歴史を思い出させてくれる、貴重な植物だと認識を新たにしました。

 占守島の戦いの概略は以下の通りです。すなわち、日本がポツダム宣言受諾し終戦を迎えた昭和20年8月15日から3日も経った8月18日に、千島列島の最北端の島「占守島」にて武装解除を進めていた日本軍に対し、ソ連軍が突然上陸して攻撃を掛けてきました。スターリンの領土拡大の野心の下、北海道北半分占領を視野に入れた攻撃でした。

 この行為は国際法上の違反行為です。日ソ中立条約を破り、しかも終戦を迎えた3日後に攻め込んでくるとはまさに「火事場泥棒」のような卑劣な行為です。ソ連は降伏5日前の日本に対して、一方的に日ソ中立条約を破り宣戦布告をし、満州侵攻を始めています。占守島侵攻はこれに続くものです。

 武装解除中で人員も少数の日本軍でしたが、必死に防戦しソ連軍は甚大な被害を出してします。結局、この占守島で苦戦したソ連は北海道まで到達できず、北海道北部がソ連に占領されることを免れたわけです。このように、占守島の戦いは我々日本人が決して忘れざるべき戦争の歴史の一コマなのです。

 占守島の戦い (Wikipedia)
 北千島占守島の戦い
 占守島(シュムシュ島)の戦い・・ロシアとは ...
 サムライ魂 ~占守島の士魂部隊 (YouTube)

 占守島の戦いは8月後半でしたので、その頃も占守鋸草の白い花が島内に咲いていたに違いありません。占守鋸草にはこれからも可憐に咲き続け、人々に重要な歴史を語り続けていってもらいたいと思います。

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コメント

浅田次郎さんの新刊「終わらざる夏」上下巻が集英社から出ています。終戦3日後に始まった知られざる戦い(占守島の戦い)について「明らかに戦争が終わってから始まっているという点に、異様な印象を受けた」といい、「対ソ関係、特に北方領土問題と非常に微妙に絡まってくる話だから、故意に消された面があるのでは」と推測しています。そして、戦いそのものよりも戦争という巨大な波にのみ込まれた個々人の切なる思いに焦点を当てた力作です。

投稿: KEIMA | 2010年8月20日 (金) 00時24分

[占守鋸草(シュムシュノコギリソウ)の花]
が、植物園にあるのは初耳でした。占守島が降伏後に攻撃されたことは少し知っておりましたが、その島の名を冠した花の事は初耳です。植物名とか地名や伝説などにはそのよって来るべき理由があります。
この記事は、小生にとってこの夏一番の特筆かもしれません。ありがとう。

投稿: ビギーペース | 2010年8月20日 (金) 08時35分

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