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2010年10月

2010年10月25日 (月)

古都を巡る旅(京都・奈良)

 先日、夫婦で古都の京都や奈良を巡る旅に出かけてきました。本当は11月の紅葉の季節に訪れたかったのですが、今回は青葉残る10月の時期の観光になりました。それでも、金閣寺、法隆寺など歴史的な建造物を前に、日本文化の素晴らしさに感動し、しみじみと日本の心を実感することが出来、本当にいい旅でした。 → 季節のスケッチ「22年10月古都」


 初日から観光バスで名刹、名勝地を巡ってきました。京都では、金閣寺舎利殿が周りの庭園と見事に調和して金色に輝きながら建っていました。静寂な池面には逆さになって舎利殿が映っています。中学の修学旅行で訪れて以来ですから、約50年ぶりの再訪になります。こんなにも美しかったのかと素直に感動しました。金閣寺の舎利殿は、漆塗りに金箔を張った建物で、足利義満が造営した北山山荘の建造物です。1950年の失火で全焼しましたが、その後ほぼ焼失前の状態に再建されました。
 

 平安神宮はちょうど年に一度の時代祭の日に当たっていました。訪れたのが午前中でしたのでまだ静かでしたが、正午になると京都御所建礼門前を行列が出発し、烏丸通、御池通、河原町通、三条通から平安神宮まで4.5キロ間に一大時代絵巻を展開します。この平安神宮は1895年(明治28年)に、平安遷都1100年を記念して創建されたものです。
 

 翌日は奈良の斑鳩の地まで足を伸ばし、法隆寺を見学してきました。法隆寺は、広大な敷地の中で飛鳥時代の姿を現在に伝える寺院です。金堂、五重塔をはじめ現存する木造建築では世界最古といわれる建造物がいらかを並べていて、世界文化遺産の指定を受けています。この地に最初の法隆寺が建立されたのは607年のことで、推古天皇と聖徳太子が建築を進めたとされています。しかしその後、火災で焼失し、現在の法隆寺は672年から689年にかけて再建を始めたものとされています。
 

 3日目は、比叡山ドライブウェイを上って山中に建つ延暦寺観光です。ドライブウェイの途中からは琵琶湖や京都市内が眺望でき、ドライブだけでも満足できます。平安時代に最澄が開創した延暦寺は、杉林の高木が林立する山中に分布する三塔十六谷の堂塔の総称です。その延暦寺の中心的な建物が、国宝にも指定されているこの根本中堂になります。比叡山の山上から東麓にかけた境内に点在する東塔の一角に位置します。延暦寺は浄土宗の開祖法然、浄土真宗の開祖親鸞、臨済宗の開祖栄西、曹洞宗の開祖道元、日蓮宗の開祖日蓮などの数々の名僧を輩出し、日本仏教の母山とも言われています。


 延暦寺の次は、奥比叡山ドライブウェイを抜けて進み京都大原の里にある三千院を訪ねてきました。三千院は天台宗の寺院で、本尊は薬師如来、開基は最澄です。本尊などの像は国宝に指定され、この往生極楽院に置かれています。
 三千院は庭園が見事で、紅葉の名所としてはもちろん、新緑、石楠花、紫陽花、秋海棠など時期折々の花鳥風月を鑑賞できる名園でもあります。また地面は青々とした苔で一面覆われていて、木々の緑と一体化し自然の美しさを際立ったものにしています。

 これ以外にもいろんな名勝地を回ってきましたが、いずれも長い古都の歴史に裏打ちされた日本文化を体現したものでした。これから何度でも訪れたい地です。

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2010年10月13日 (水)

RWCPの成功がもたらした「コンピュータ将棋(あから2010)が女流王将に勝利」

 
 さる 10月11日、東京大学本郷キャンパスにおいて、コンピュータ将棋(あから2010)が清水市代女流王将と対局し、圧勝したという衝撃的なニュースが流れました。

 コンピュータ将棋(あから2010)と清水市代女流王将の対局
 あから2010は、情報処理学会の「トッププロ棋士に勝つ将棋プロジェクト」が開発した特製の、次のような圧倒的な能力を有するコンピュータシステムです。

あからというネーミングは、10の224乗を表わす阿伽羅(あから)が、将棋の局面数に近いことに由来。
ハードウエアは、東京大学クラスターマシンが使用され、Intel Xeon 2.80GHz(4コア) 109台、Intel Xeon 2.40GHz(4コア) 60台、合計169台(676コア)が搭載されている。
ソフトウェアは、国内トップ4プログラム(激指、GPS将棋、Bonanza、YSS)を動かし、その多数決合議法を採用。
 この結果は、極めて意義深いものがあります。かつてチェスの世界でスパコン「ディープ・ブルー」が世界チャンピオンを破ったと大騒ぎになったのが1997年でした。このとき、将棋は駒の動きが複雑だし、一度取った敵の駒が味方の駒として復活するとかで、ゲームとしての難易度は比較にならないほど大きいとして、コンピュータが将棋で勝つまでには長年の時間を要するだろうと、多くの人は自分を納得させるかのように論評していたものです。しかし、その後コンピュータの能力が飛躍的に向上し、たった10年余で女流プロの実力に追いついてしまったことになります。

 実は、私どもは1990年代の10年間、リアルワールド・コンピューティング・プロジェクト(RWCP)を推進し、コンピュータの能力を極限まで追求すべく実世界知能技術や並列分散コンピューティング技術の開発を進めてきました。
 http://keima.la.coocan.jp/rwcp/

RWCP当時のPCクラスタマシン 特に、並列分散コンピューティング技術は、PCなどのCPUを何百台も何千台も連結してあっという間にPCクラスタというスパコンを作り上げてしうという画期的なものでした。PCの能力が高まってきますので、個々のCPUを交換すればスパコンとしての能力は、PCの性能向上に比例して巨大化していきます。

 今回の東京大学クラスターマシンは、このようなRWCPの並列分散コンピューティング技術に由来するもので、RWCPの成功が衝撃的なニュースによって実証されたことになります。プロジェクト関係者にとっては感慨ひとしおといった所です。

 1999年の筆者のエッセイ「四六のガマ」 の中では、PCクラスタマシンと囲碁の名人が対決す筑波山麓に生息するという四六のガマるという近未来の場面を描写しています。囲碁のルールは将棋よりもはるかに難しい(盤面の広さ、劫の存在、実利と勢力との関係等々)ので、囲碁にコンピュータが追いつくのは何十年もかかるだろうと言われています。

 しかしながら、この状況は10年前のチェスと将棋の関係に酷似しています。私としては人間はコンピュータより優秀であり続けて欲しいと思うと同時に、今回のRWCPの成功が更なる飛躍につながって欲しいとの気持ちもあって、心の中では複雑な思いが錯綜しています。


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2010年10月11日 (月)

郷里では金木犀が香り、実りの秋が進む


 体育の日を含む秋の3連休、用事があって郷里の東根(山形県東根市)に帰ってきました。天気はどんよりして、秋晴れといかず残念でしたが、金木犀が香る実りの秋に出会ってきました。


 実家の庭に大きな金木犀の木があります。東京でも10月に入って街中を歩いていると、辺りに漂っている金木犀の香りに気づくことがありますが、郷里でも同時期に金木犀の木が満開になっていて、オレンジ色の花から芳香を放っていました。幸せな気分になります。


 稲刈りはだいぶ済んでいました。近くの田んぼはこのように稲穂を刈り取った後の稲ワラがきれいに並べられていました。今年から山形では新しいブランド米の「つや姫」が満を持して市場に流通します。つやがある色白美人で、炊きあがったご飯はもちもちとして本当に美味しいそうです。


 山形はリンゴの産地でもあります。現在流通しているのは「千秋」という名のリンゴですが、リンゴの王者「ふじ」はこのようにまだ収穫前。11月下旬のころに市場に出回ります。自分が小さい頃は、周りにいくらでもリンゴが転がっていたので、余り好きではなかったのですが、今では大好物。毎日1個は食しています。


 郷里では、多くのハナミズキの木が街路樹に植えられていて、初夏に華やかな赤白の花を楽しむことが出来ますが、この時期、花が咲いていたところに真っ赤な木の実が付いていました。実りの秋を実感します。これから葉も美しく紅葉してきます。


 ケヤキの木も紅葉が始まっていました。紅葉はまだ部分的で、緑葉もかなり残っています。ケヤキ以外にも、これから1ヶ月位かけて日に日に紅葉が鮮やかになっていきます。


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2010年10月 2日 (土)

巾着田は一面曼珠沙華の赤い絨毯

 10月に入って初めての週末、奥武蔵にある日高市の巾着田(きんちゃくだ)を訪れてきました。満開の彼岸花に出会い感激しました。

 巾着田とは、日高市内を流れる高麗川の蛇行により長い年月をかけて形成され、その形が巾着(きんちゃく)の形に似ていることから、そのように呼ばれています。
 

 面積約22ヘクタールの川に囲まれた巾着田の平地は、曼珠沙華(彼岸花のこと)群生地になっていて、ちょうど赤い絨毯を敷き詰めたように一面が満開の彼岸花で真紅に染まっていました。あまりの美しさに息をのみ、感動を覚えました。この地は水田の休耕田でしたが、地元では彼岸花、菜の花、コスモスの種蒔き、球根手入れや草刈りを丁寧に行って整備しているとのことです。
 

 巾着田の高麗川に架かっている歩行者専用橋の「あいあい橋」は、このように大勢の見物者がゾロゾロと渡っていました。この橋は長さ約百メートルの木製トラスト構造で、橋自体も見事な景観になっています。


 彼岸花はヒガンバナ科の多年草で、秋の彼岸の頃に真っ赤に妖美に咲きます。白いヒガンバナも少しだけ交じっていました。曼珠沙華の別名があるように、先祖の霊を弔う風情が満ち満ちています。


 広大な巾着田の一角はコスモスの花畑になっていて、無数の花が風に舞っていました。今回は彼岸花のみならず、コスモスの花も楽しんできました。後方の山は奥武蔵の山の一つ日和田山です。日高市のシンボルとして親しまれていて、ハイキングコースとなっています。

巾着田の地図は次の通り。

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