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2011年5月10日 (火)

紀州の旅Ⅰ 弘法大師が開いた聖地高野山を訪ねる


 連休の後半、所用があって紀州和歌山を訪ねてきました。紀州では開創1200年を迎える聖地高野山と、徳川8代将軍吉宗が生まれ育った和歌山城を観光してきました。

 初日は高野山観光です。高野山は、弘法大師が弘仁7年(816年)この地に真言密教の根本道場をたてることにしたことから歴史が始まった聖地で、現在では多くの人が高野山詣でにやってきます。来る平成27年には、悠久の星霜を経て高野山開創1200年に相当するとのことです。

 大師が生まれた四国地方には大師が開いたとされる八十八の霊場があって、「同行二人」(大師とともにの意)の白装束を身につけての八十八カ所の霊場巡りは有名ですが、霊場巡りを終えた後は最後に高野山に詣でることになっています。このようなこともあって高野山は参拝客が絶えません。


 高野山は和歌山市から東方に位置する紀伊山地の山中にあって、電車やケーブルカーを乗り継いで2時間半かかります。和歌山(JR)→橋本(南海電車;写真)→極楽橋(南海ケーブルカー)→高野山の行程で標高約1000メートルの山中に到着します。長時間の旅になりますが、途中橋本からは登山鉄道のようなものになり、車窓からの眺めが素晴らしく退屈しません。山の斜面には所々に紫色のヤマフジや薄ピンク色のヤマザクラが咲いていました。また、線路沿いにはシャガやオオアマナなどの野草も随所に見かけました。極楽橋からのケーブルカーはわずか5分乗っているだけですが、急斜面を上っていき、迫力があります。外を見回すと、真っ黄色の山吹の花や、フキノトウがそのまま伸びた蕗の花などを見かけました。


 高野山の駅に到着すると、さすがに標高が高いだけあって空気がヒンヤリして肌寒い感じです。高野山には多くの寺院が建立されていますが、時間の制約もあって今回は中心となっている金剛峯寺のみを訪ねました。寺の境内に入るとき、最初にこの正門と通ります。金剛峯寺の建物の中で一番古く、文禄2年(1593年)に再建されたとのこと。昔はこの門を正面から出入りできるのは天皇・皇族、高野山の重職だけだったそうです。


 囲いがされた入り口が見えますが、ここは金剛峯寺の表玄関にあたるところで大玄関といいます。ここも正門と同じように天皇・皇族や高野山重職だけが出入りしていたとのこと。この奥には、重要な儀式・法要が執り行われる大広間や本尊に大師を奉安する持仏間などあり、また由緒ある襖絵も揃っています。右側から寺院内を拝観できるようになっています。


 拝観コースを回っていくと立派な石庭がありました。蟠龍庭(ばんりゅうてい)といい、奥殿に広がる500坪ほどのわが国最大の石庭です。大師の生まれた四国から運ばれた青い花崗岩が雄龍と雌龍の2体を表していて、また京都の白川砂が敷き詰められて、全体が青海波大雲海を画いているそうです。


 高野山では、奥の院の参道をはじめ高野杉の高木が林立していて山の霊気を高めています。金剛峯寺の中で奥の院霊木として直径2メートルもの輪切りの幹が展示されていました。弘法大師のライバルだった最長が建立した比叡山延暦寺でも杉の高木が林立していたのを思い出しました。

 高野山は、金剛峯寺以外にも、大門、奥の院、壇上伽藍、大塔など数多くの見どころがあり、何回かに分けて訪れる必要がありそうです。


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