旅行・地域

2016年10月 2日 (日)

10月はコスモス、キンモクセイ、栗の実などの秋の香り


 10月2日、孫の運動会があってつくば市まで出かけてきました。運動会の合間に保育園を運営する安福寺の近辺を回って、いろんな秋の香りを見つけてきました。この日は日差しが強くすっかり日焼けしてしまいました。


 この日は晴れ上がっていましたので、筑波山のくっきりとした山並みが見えました。市内のいろんな所から眺望できます。筑波山は昔から「西の富士、東の筑波」と愛称され、朝夕に山肌の色を変えるところから「紫峰」とも呼ばれています。男体山(左)と女体山(右)の2つの峰を持ち、古くから信仰の山として栄えてきました。また山中の梅林も有名です。


 保育園を運営する安福寺は、研究学園都市駅のすぐ近くに建つ名刹。境内は広大で四季折々の花が咲き、自然豊かで心癒される場所です。


 境内の周辺では、秋の香りをたっぷりと実感できました。これは風に舞うコスモス(秋桜;キク科コスモス属)の花。コスモスは熱帯アメリカ原産で、メキシコからスペインに渡りコスモスと名づけられた。日本には明治20年頃に渡来。今や代表的な秋の風物詩です。


 黄金色に染まり特有の芳香を放つキンモクセイ(金木犀;モクセイ科)を見つけました。甘い香りが漂っているのに気づき、振り返るとそこにキンモクセイということがままあります。


 境内の周りに生えているソメイヨシノのサクラの木を見上げると、少しだけ黄葉が始まっていました。


 寺の近くの栗畑を覗くと、少しだけイガに包まれた栗の実が残っていました。栗はブナ科クリ属の木になります。ブナのドングリと違って、栗の殻の中は種子ではなく果実です。

       …> 季節のスケッチ(28年10月)


 

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2016年7月 8日 (金)

高山植物の女王コマクサとの出会いを求めて


 7月上旬、那須高原への旅行の途中、日光市上三依水生植物園に立ち寄ってきました。高山植物の女王と言われるコマクサがこの植物園に咲いているというので、コマクサとの出会いを求めてのワクワクと心躍る旅になりました。

  (今回出会った高山植物の女王と言われるコマクサ)

 この日光市上三依水生植物園へは車で行きましたが、東北自動車道西那須野塩原ICを降りて国道400号線を北西方向に進みます。そして塩原温泉郷を過ぎて、さらに山の方に向かい国道121号線との交差点のすぐ近くに広がっています。また、電車では会津鬼怒川線上三依塩原温泉口駅から徒歩7分です。



 今まで知りませんでしたが、上三依水生植物園は日光の山地に存する秘めたる花の名所です。すなわち、早春のミズバショウの開花に始まり、サクラソウ、クリンソウ、ニッコウキスゲ、スイレン、ベニコウホネ、シュウメイギク等が咲き、また、幻の花と言われるヒマラヤの青いケシや高山植物の女王コマクサ等々、約300種、3万本の植物が季節を彩り咲き競っています。


 園の入口には「今見ごろの草花」が掲示されていて、よく見るとお目当ての高山植物コマクサも咲いているようです。はやる心を抑えてその場所に直行しました。



 すると、可憐に咲く赤紫色のコマクサ(駒草;ケシ科コマクサ属)の花を目の前に見つけました。高山植物の女王といわれるように、まさに気品ある花姿でついしばらく見とれていました。実は母校の山形東高の校章が近くの蔵王連峰に咲くコマクサをデザインしたものですが、実物のコマクサを見る機会は今までまったくありませんでした。今回ようやく長年の夢が叶い、感無量です。

 白花のコマクサも咲いていました。この植物園には、コマクサ以外にもいろんな山野草が咲いていました。


 コマクサと同属のハナケマンソウ(花華鬘草;ケシ科コマクサ属)です。コマクサに似た錨形の花が総状に付いています。北米西部原産の多年草でアメリカコマクサの別名があります。ハナケマンソウは全体的に小型で、細かく羽状の葉がボリューム豊かに広がるので、庭植えなどによく用いられます。


 ニッコウキスゲ(日光黄萓;キスゲ亜科ワスレグサ属)も咲いていました。日本の本州などでは高原に普通に見られるが、日光に多く咲くことから、地名が入った名が付けられたとのこと。ゼンテイカ(禅庭花)とも呼ばれる。

 ワスレグサ属の園芸品種を総称してヘメロカリスというが、ここでは多くのヘメロカリスの花々が咲いています。


 ユリ科の花を多く見かけました。これは北海道、本州、四国の冷涼な高地に生えるクルマユリ(車百合;ユリ科ユリ属)です。花の形がオニユリコオニユリに似ていますが、葉の付き方が車輪に似ていることから和名が由来しています。

 上記以外にもいろんな種類の山野草が咲いていました。詳しくは、季節のスケッチ(28年7月上三依植物園)をご覧ください。これから上三依水生植物園には、ヒマラヤの青いケシやミズバショウなどが咲く時期に何度でも訪れたいと思います。


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2016年5月 7日 (土)

今年の大型連休に霊峰出羽三山の羽黒山を訪れる


 今年の大型連休は郷里の山形に帰郷し、霊峰出羽三山の一つ羽黒山を訪ねてきました。出羽三山とは月山、羽黒山、湯殿山の総称であり、古くから修験道の霊場として知られています。山形県には大きな自然災害がめったに起きませんが、地元では出羽三山がこの地を守っているお陰と言われています。


 標高414mの羽黒山は出羽三山の中心地。山頂には三神合祭殿があり、自動車道も通じているため容易に参拝することができます。随神門から始まる表参道は、全長約1.7km、2446段の長い石段になっています。参道の両側には樹齢350~500年の杉並木が続き、その数は400本以上で国の特別天然記念物に指定されています。杉並木の途中に国宝五重塔が突然姿を現します。


 入口の随神門を抜け参道に入ると、いきなり長い下り坂(継子坂)になっています。


 石段唯一の下り坂の継子坂を下ると、祓川にかかりる赤い神橋が見えてきます。清流は月山に源流を発し、昔出羽三山に参拝する人々は全てこの川で身を清めたそうです。


 赤い神橋のすぐ近くに祓川をはさんで流れ落ちる須賀の滝が見えます。江戸時代、遠く月山より8kmの水路をひいて作られ不動の滝と呼ばれていました。

 
 神橋からさらに5分ほど石段を登っていくと、樹齢1000年といわれ国の天然記念物に指定されている爺杉にたどり着きます。かつて爺杉の隣にあった婆杉は台風で失われてしまったとのこと。


 爺杉の近くに羽黒山五重塔(国宝)が荘厳なたたずまいで建っています。参道の途中に忽然と現れたといった感じで、強いインパクトがあります。東北地方では最古の塔といわれ、平将門の創建と伝えられています。高さが29.0mの三間五層柿葺素木造。


 羽黒山山頂に月山・羽黒山・湯殿山の三神を合祭した日本随一の大社殿が建っています。厚さ2.1mの萱葺の屋根、総漆塗の内部など見ごたえ十分とのことだったですが、あいにく手直しの修理中でした。


 俳聖松尾芭蕉は、出羽三山には元禄二年六月三日から十日まで滞在しています。この間、羽黒山をはじめ、月山、湯殿山と三霊山をくまなく踏破しこの霊気漂う神域に深く感動したとのこと。この間、次のような句を詠んでいます。
 「涼風やほの三か月の羽黒山」
 「雲の峯いくつ崩れて月の山」
 「かたられぬゆとのにぬらす袂かな」


 参道の路傍には珍しい山野草をちらほら見かけました。これはスプリングエフェメラルの仲間のショウジョウバカマ(猩々袴;ユリ科ショウジョウバカマ属)。 ショウジョウバカマは北海道から九州までの、やや湿った場所に分布する多年草です。面白い名前は、赤い花が中国の伝説上の動物の猩々(ショウジョウ)になぞらえ、根生葉の重なりが袴(ハカマ)に似ていることから由来するそうです。


 オオバキスミレ(大葉黄菫;スミレ科スミレ属)を初めて見つけました。積雪量の多い日本海側の亜高山帯の林縁や草地に生育します。和名の由来は、他のスミレと比べて葉が大きく黄色の花であることによります。


 出羽三山の一つの月山(標高1,984m)は羽黒山と連なっていて羽黒山山頂からよく見えます。月山の山頂一帯のなだらかな地形部には、氷帽氷河(アイスキャップ)が存在していた可能性があると指摘されています。


 月山の姿は県内の山形盆地、庄内平野、最上地方のどこからでもよく眺められています。遠く離れた山形盆地の東根市からは月山のなだらかな白い山頂部がよく見えます。


 同じ山形盆地でも山形市からはゆったりとした月山の中腹部までの山容が望めます。このように月山のイメージはその人が住む地域によって少しづつ異なってきますが、「月山」は県内の多くの人に親しまれ、心の拠り所になっています。

…> 季節のスケッチ(28年5月)



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2016年4月24日 (日)

4月下旬、八ヶ岳高原から真田丸までぐるっとドライブ


 4月下旬の週末、久しぶりのドライブで信州の各所を回ってきました。初日は八ヶ岳高原。有名な音楽堂でを佐藤しのぶソプラノ・リサイタルを楽しんできました。翌日は、諏訪大社、松本城を回り、そして大河ドラマ「真田丸」の舞台の上田城を見てきました。


 リゾート地として知られる八ヶ岳高原には、数多くのカラマツ林や白樺林が生育しています。正面に見える八ヶ岳に向かって、この木立の間をまっすぐ車で進んでいきます。


 すると、標高約1500mの高地のところに宿泊の八ヶ岳高原ロッジが忽然と現れます。


 ロッジのすぐ近くの有名な八ヶ岳高原音楽堂で佐藤しのぶソプラノ・リサイタルが開かれました。美しい歌声が響き渡り、至福のひとときを過ごすことができました。


 八ヶ岳高原には四季の自然を楽しむ散策コースが用意されています。散策コースの途中にある小さな美鈴池は、八ヶ岳の展望スポットになっています。


 翌日の最初の訪問地は諏訪大社。諏訪湖周辺4か所にある神社で、全国に約25,000社ある諏訪神社の総本社です。訪問したのは4社の中の上社本宮で、多くの参拝客で賑わっていました。通称御山と呼ばれる後背林がご神体だそうです。


 すぐ近くの中央高速道上の諏訪湖SAからの眺望。広大な諏訪湖が一望できます。


 次は漆黒の天守を有する見事な雄姿を誇る松本城に向かいました。松本城は姫路城、彦根城、犬山城とともに四つの国宝城郭のひとつです。文禄年間に建てられ、五重六階の天守としては日本最古です。戦国時代そのままの天守が保存されています。


 秀吉の信頼が厚かった石川数正が松本城と城下町の整備を進めました。本丸へ通じる黒門には豊臣秀吉の桐紋が付いていました。


 最後は、大河ドラマ「真田丸」の舞台となっている上田城です。NHK大河ドラマ館も造られていて、大勢の観光客が集まっていました。上田城は徳川の大軍を2度にわたって退け、日本全国に名を馳せた真田昌幸が築城した平城で、天守が存在したかどうかは不明。現在は城跡公園として整備され、上田市の観光拠点になっています。


 城趾公園内には真田神社がありますが、そのすぐ近くに巨大な真田赤備え兜が建立されています。兜の中央部には真田家の家紋の六文銭が見えます。

 この2日間は天気にも恵まれ、新緑の中で心地よい信州ぐるっとドライブとなりました。

…> 季節のスケッチ(28年4月 信州)


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2014年11月 1日 (土)

晩秋の山形の霞城公園散歩


 時間の経つのは早いもので、はや11月になってしまい、もうすぐ立冬です。夏以降でもデング熱、エボラ出血熱、御嶽山の水蒸気噴火、イスラム国騒動など目が離せない重大ニュースが相次いだため、なおのこと時が速く進むと感じるのかも知れません。

 10月末の先日、用事で山形に出かけてきました。朝食後、仕事前に少し時間がありましたので、山形駅近くの霞城公園を散策してきました。まだ、人通りは少なかったのですが、空気がひんやりとして気持ちの良い晩秋の散歩でした。


 霞城公園の一角に見事な洋館が建っていました。明治初期に県立病院済生館として建てられ、人々から「三層楼」と呼ばれ親しまれてきました。重要文化財に指定されているこの建物は、現在山形市郷土館として公開されています。


 この霞城公園は、市街地のほぼ中央に位置し、山形城跡の都市公園です。現在の城郭は第11代山形城主の最上義光(1546~1614)が築いたものが原型とされています。本丸・二ノ丸・三ノ丸の三重の堀と土塁で囲まれた、全国有数の規模を持つ輪郭式の平城で、出羽の関ヶ原合戦「長谷堂合戦」で城郭が霞で隠れて見えなかったことから「霞ケ城」とも呼ばれていました。

 昭和61年に国の史跡指定を受け、現在は桜と観光の名所になっています。また、公園内やその近くには、山形市郷土館、山形県立博物館、山形美術館、最上義光歴史館などの多くの文化施設が配置されています。


 山形城の正面になる二の丸東大手門から見た石垣とお堀です。この石垣は、市内を流れる馬見ヶ崎川の玉石を用い、割肌を表面に見せる野石積みで優美で堅牢な石垣です。堀の先に高い建物が見えますが、山形駅西口になります。


 11代山形城主最上義光の像。出羽の関ヶ原合戦といわれる「長谷堂合戦」で、直江兼続が率いる2万3千騎の上杉軍を撃退した時の雄姿。




 公園内は着実の紅葉・黄葉が進んでいて、ケヤキ、イロハモミジ、サクラなどの木々が朝陽に美しく輝いていました。


 東大手門近くの山形美術館。入口付近が見事な造園です。日本美術以外にも、印象派等の近代フランス美術が数多く展示されています。


 霞城公園から小さく見えた山形駅西口の広場です。この高層ビルは霞城セントラルと呼ばれ、レストラン、ホテル、オフィスなどの複合施設になっています。また、最上階の展望台から蔵王連峰、出羽三山などの眺望が楽しめます。


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2014年7月 6日 (日)

行田市の古代蓮の里で10万株のハスの花が見頃を迎える


 7月に入って最初の日曜日は久しぶりの晴れの天気予報が出ました。そこで、10万株もの古代の蓮の花が見頃を迎えているという行田市の古代蓮の里の公園を訪れることにしました。ハスの花は早朝に開花しますので、早々に家を出発し現地には9時頃に到着しました。

 東北自動車道の加須ICで降りて、古代蓮の里まで車で約15分。まだ午前の早い時間でしたが、既に大勢の人で賑わっていました。

 ここ行田市の古代蓮の里一帯は、かつてたくさんの水生植物が茂る湿地帯で、このとき咲いていた蓮の実が地中深くもぐって長い長い眠りについていたとのことです。ところが、昭和48年の近くの公共施設の造成工事で1400年以上前の地層から偶然掘り出された種が自然に発芽し池に開花しているのが発見されたそうです。地中深く眠っていた多くの蓮の実が出土し、自然発芽して一斉に開花した事は極めて珍しいことといわれています。





 行田市の天然記念物に指定されている古代蓮(行田蓮)は原始的な形態を持つ1400年~3000年前の蓮で、現代の蓮より花びらの枚数が少なく、大きいのが特徴です。

 蓮(ハス科ハス属)は大きな楯型の葉と天を向いて咲く大きな美しい花が幻想的で、いつもその見事さに感動します。仏教では極楽浄土を象徴する花として蓮華ともいいます。このような神秘的な美しさを秘めた古の蓮の花が公園一帯に無数に咲きそろっているのですから、思わず固唾を飲んでしまいます。まるで天上の世界を散歩しているかのようでした。


 この時期、公園は古代蓮で覆われている感がありますが、水生植物園では蓮以外の花も幾つか見かけました。この小柄の白い花はヒツジグサ(未草;スイレン科スイレン属、漢名は睡蓮)です。睡蓮の葉に切れ目が入っているのが特徴です。


 アサザ(浅沙;ミズガシワ科アサザ属)の黄色の花も水面に立ち並んでいました。アサザは浮葉性植物で、地下茎をのばして生長し、スイレンに似た切れ込みのある浮葉をつけます。ジュンサイと同様に茎と新芽を食用にするため、花ジュンサイとも呼ばれます。


 熱帯アメリカ原産のの水生植物ホテイアオイ(布袋葵;ミズアオイ科)のうす紫色の花が咲いていました。葉の基部が膨らんでいて七福神の布袋様のお腹に似ていることからこの名が由来。花がきれいなので主に観賞用として世界各地に導入されましたが、繁殖力が旺盛で川や池沼を被い、アフリカでは船の行き来やダムによる水力発電を妨げるなどの害をもたらし、今では世界十大害草のひとつとされています。


 公園内の散策路にヤブカンゾウ(薮萓草;ユリ科)の鮮やかなオレンジ色の花を見つけました。ヤブカンゾウは八重咲きで、日光キスゲ、ノカンゾウ(野萓草)、ハマカンゾウ(浜萱草)などと同じユリ科の仲間。数日花なのでワスレグサの別名があります。


 白花のアガパンサス(ユリ科アガパンサス属)も咲いていました。多くの花が放射状に集まり、全体が球形に見えます。アフリカ原産のアガパンサスにはムラサキクンシランの和名が付いていますが、クンシラン(ヒガンバナ科クンシラン属)とは全く違う種類です。


 同じ散策路にネムノキ(合歓木;マメ科ネムノキ属)の花が樹木いっぱいに付いていました。一つ一つの花をよく見ると、幻想的な美しさを感じます。夜になると葉が眠ったように閉じてしまうことからネムノキの名が由来するとのこと。

 古代蓮の里の後は、近くのみかも山公園まで足を伸ばしてきました。みかも山の風景は、古代蓮の里の風景と合わせて季節のスケッチ(26年7月)にてご覧下さい。


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2013年8月18日 (日)

夏の会津、鶴ヶ城や野口英世記念館を訪問

 今年のお盆は、郷里で墓参りをした後、NHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台となった会津を訪れてきました。盛り上がっている時期は、地元にも活気があっていいものです。

 あいにくの猛暑にもめげず、会津若松では中心部にそびえ立つ鶴ヶ城や白虎隊士が眠る飯盛山を巡り、動乱の幕末の頃に思いを馳せてきました。さらに、猪苗代まで少し足を伸ばして医学分野で数々の偉大な業績を残した野口英世博士の生家を見学してきました。





 まずは、会津鶴ヶ城(別名若松城)です。慶応4年/明治元年(1868年)の戊辰戦争で、薩摩藩・長州藩を中心とする明治新政府軍に抗して会津藩がこの城に立てこもり、約1ヶ月に及ぶ激しい攻防戦に耐えたのですが、白虎隊の死があり、娘子軍、老若男女を問わず、会津藩士達とともに孤立無援の状態で、絶望的な戦いだったと言われます。

 鶴ヶ城は明治7年に取り壊されましたが、その後昭和40年に再建されました。天守閣の内部は郷土博物館となっており会津の歴史に触れることができるようになっています。平成23年には赤瓦へのふき替えが完了し幕末当時の姿を再現し、現存する天守閣では国内唯一の赤瓦の天守閣となっています。



 鶴ヶ城に隣接した県立博物館の敷地で、八重と会津博大河ドラマ館がオープンしていました。ここでは、八重の不屈の精神が育まれた背景を解説する展示コーナーや体験ゾーンがあって、NHKドラマの世界観をよりリアルに感じることができます。

 開城の前夜、八重が蔵の壁に刻んだ思いの歌も展示されていました。『あすの夜は 何国の誰かながむらむ なれし御城に 残す月かげ』



 戊辰戦争のおり、16~17歳の少年たちで編成された白虎隊士20人が飯盛山に辿り着くと、鶴ヶ城の天守閣は黒煙の中に見え隠れして、「城は陥落したか、今は主君のために殉じよう」と、全員が自決しましたということです。

 飯盛山の登山口は土産物店が立ち並んでいます。ここから階段やエスカレータを用いて白虎隊士が眠る墓所まで登っていきます。

 墓所に到着するともうもうと線香の煙が立ちこめていました。春と秋の年2回、ここで慰霊祭が執り行われ、白虎隊を偲びその霊を慰める剣舞が奉納されるとのことです。




 最後に猪苗代まで足を伸ばして、医学分野で偉大な足跡を残した野口英世博士の生家を訪れてきました。

 彼は1876年、猪苗代に生まれ、幼名は清作といいます。猪苗代高等小学校卒業、済生学舎修了後、ペンシルベニア大学医学部を経て、ロックフェラー医学研究所研究員となりました。細菌学の研究に主に従事し、黄熱病や梅毒等の研究で知られる。ノーベル生理学・医学賞の候補に三度名前が挙がったが、黄熱病の研究中に自身も罹患し、1928年アフリカのガーナにて51歳で死去しました。

 野口英世博士のことは、昔から教科書や伝記などで、世界の医学のために貢献した偉大な科学者として紹介されていて、私も子供の頃、素晴らしい日本人がいたんだと誇らしく思ったことを思い出します。現在、2004年より発行されている日本銀行券の千円札の肖像になっています。

 この生家は現在野口英世記念館として保存されていますが、ここから磐梯山がくっきりと見えます。悠然とそびえる磐梯山の懐に抱かれ、広大な猪苗代湖に面する大自然の中で、清作少年が育まれたわけです。本当にいい所を訪れてきました。


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2012年10月24日 (水)

イギリス縦断旅行記(エジンバラ~ロンドン)


 ケイマMによるイギリス縦断旅行記です。スコットランドのエジンバラを起点に各地の観光地を見学してロンドンまで約1週間の行程で英国の自然や文化・歴史を満喫してきました。時期は9月中旬でしたので、イギリスはロンドン五輪も閉幕し、すっかり落ち着いた雰囲気になっていました。また、日本の厳しい残暑の気候とは打って変わり、かなり冷え込でいて防寒具片手の観光でした。

 以下、印象に残ったスポットをかいつまんで紹介します。

 まずはエジンバラ Edinburgh の観光です。エジンバラはスコットランドの首都です。エジンバラの中心的なモニュメントである世界遺産のエジンバラ城を訪れました。この城はキャッスル・ロックという岩山の上に建つ古代からの要塞です。


 エジンバラ城から市内を眺望できます。エジンバラはスコットランドの東岸フォース湾に面していて、英国内ではロンドンに次いで観光客が多い都市です。


 ゴルフ発祥の地であるセントアンドリュース St. Andrews のゴルフ場(セントアンドリュース・リンクス)の周りを散策することができました。「全英オープン」も定期的にここで開催されます。左手前の石橋が有名でこのゴルフ場の紹介の時には必ず登場します。


 イギリスの世界的な陶磁器メーカーであるウェッジウッド・ ビジターセンターでは、英国王室御用達の食器でアフタヌーンティーを楽しんできました。 サンドウィッチもスコーンもケーキもすべて本当に美味しくいただきました。


 古いイングランドの面影を残した建物を見ることができるということで毎年多くの観光客が訪れるコッツウォルズ Cotswolds です。黄色みを帯び「蜂蜜色の石」「ライムストーン」とも称される石灰岩「コッツウォルズストーン」を使った建物群が特徴的な景観をなしています。


 広大な草原に突如出現するストーンヘンジ Stonehenge 。円陣状に並んだ直立巨石とそれを囲む土塁からなり、先史時代の遺跡として有名です。ただ、この巨石モニュメントが、何のためにそしてどのようにして造られたか謎に満ちています。


 観光の終点はロンドンです。ロンドン五輪が終わり、市内は落ち着いた雰囲気ですたが、相変わらず観光名所は大勢の人で賑わっていました。これはウエストミンスター寺院です。イングランド国教会の教会で戴冠式などの王室行事が執り行われます。


 外周護衛を担当する近衛兵の交代儀式を見物出来る事で有名なバッキンガム宮殿。現在では、期間を限定して一般入場が可能となっていて、入場料はウィンザー城を修復する為の費用に充てられているとのことです。


 ロンドン市内で、ローストビーフとヨークシャー・プディング、温野菜の組み合わせといった典型的なイギリス料理の夕食をいただきました。
      ¶ イギリス写真はもっとあります -->> 24年9月英国


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2011年9月13日 (火)

箱根湿生花園:仲秋の風景


 仲秋の9月11日、仙石原の箱根湿生花園を訪れてきました。高校の同窓会行事でしたので、仲間と一緒に園内を散策してきました。前回の訪問の時(→22年4月箱根)は、一面に群生する真っ白なミズバショウに出会うことができ、大感激でした。今回はどうかなと思っていたのですが、期待に違わず秋の山野草が随所に咲き競っていて、存分に季節の野趣を満喫してきました。
 


 園内の草原は秋の山野草の宝庫です。タムラソウ(田村草)やワレモコウ(吾亦紅)の花も咲いていました。いかにも秋の野趣たっぷりの風情です。
 


 キキョウ科の多年草のサワギキョウ(沢桔梗)が湿原の所々に咲いていました。小さな青紫色の花が枝先に連なっています。サワギキョウはロベリンという成分を含む毒草ですが、アゲハチョウにとっては何の問題もなさそうです。
 


 アブが戯れているのは、全国の山地の草原に分布するマツムシソウ(松虫草;マツムシソウ科)です。面白い名前ですが、松虫の鳴く頃にこの花が咲くことがこの名の由来。
 


 秋の七草の一つオミナエシ(女郎花;オミナエシ科)の花も園内の広大な草原に咲いていました。すぐ近くにヤマハギやワレモコウの花も見えます。
 

 これ以外にも多くの種類の山野草も見つけましたので、「季節のスケッチ 23年9月箱根」のコンテンツにまとめておきました。箱根湿生花園は、時期をずらして何度も訪れてみたいスポットです。


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2011年6月27日 (月)

久しぶりの沖縄、海洋博公園まで足をのばしてきました


 3年ぶりに沖縄を訪れてきました。前回は2008年10月に宜野湾市の沖縄コンベンションセンターを訪れましたが、この時は真っ青な空が出迎えてくれたものです。
           (前回訪問時の南国沖縄)
 
           
 今回もすでに梅雨が明けていましたので、真夏の太陽や青い空を期待していましたが、あいにくと台風5号の接近でやや荒れ模様の天気でした。

 仕事の合間に半日だけ時間の余裕がありましたので、少し足を伸ばして本島北部の海洋博公園を観光してきました。この公園は、昭和50年に開催された沖縄国際海洋博覧会を記念して、昭和51年8月に博覧会跡地に設置された国営公園です。

 園内にはいろんな施設がありますが、今回は美ら海水族館と熱帯ドリームセンターの2カ所を見学してきました。


 海洋博公園に入るとすぐ、伊江島の独特な遠景が目に入ります。島の中央部が盛り上がっていますが、海抜172mの岩山です。鳥帽子を思わせる独特な形から古くから近海を航海する船が目印にしていましたそうです。


 美ら海水族館は沖縄随一の人気スポットになっていて、この水族館を見たいがために沖縄に行きたいという人がいる程です。

 水族館では、神秘に満ちた沖縄の海の生き物たちの雄大な世界が広がります。太陽の光が降りそそぐ「サンゴの海」の水槽では800群体のサンゴを飼育されています。そして「黒潮の海」の巨大水槽では、世界最大の魚ジンベエザメや、世界初の繁殖に成功したナンヨウマンタがゆったりと回遊しているのが観察できます。この大迫力に時が経つのも忘れてしまいそうです。


 水族館の次は、熱帯ドリームセンターです。ここは熱帯樹林の中に廃墟があり、その内部に足をふみ入れると、熱帯・亜熱帯の花々が咲き乱れているといったコンセプトで設計されたとのことです。

 温室内には、ランをはじめとした熱帯・亜熱帯の花々が咲き、トロピカルフルーツが木々に実っています。ランの香りに包まれながらゆったりとした時間を楽しむことができました。


 ランの温室では、端正な美しさの胡蝶蘭やランの女王といわれるカトレアの無数の花々が、色とりどりに咲き競っていました。この場所には自動演奏用のエレクトーンが置かれていて、周りのランの花が音符のように見えます。


 南国のイメージにぴったりのハイビスカス(アオイ科)の花も数多く咲いています。ハイビスカスは熱帯や亜熱帯地域に分布する常緑中木で、沖縄ではアカバナ-の名で昔から親しまれています。交配により多くの園芸種が作られています。


 ツンツンと上に突き出るような形状の黄色の花はメキシコやペルーを原産とする常緑低木のウコンサンゴバナ(キツネノマゴ科;別名 パキスタキス)です。実は、黄色の部分は葉が変形した苞で、この中から小さな白い花が顔を出しています。沖縄から帰って近所の花屋さんの店先にも、パキスタキスの花が並んでいました。


 木の実やフルーツも実っていました。これはマレーフトモモ(フトモモ科;別名 マウンテンアップル)のフルーツです。マレーフトモモはマレー半島原産の常緑低木で、果実は洋ナシ形で水分が多く、サクサクした爽やかな食感です。香りがあり味が淡白なことからサラダ等にも使われます。少し前に真っ赤にブラシ状に咲く花は非常に美しい。


 種子がチョコレートやココアの原料になるカカオの実です。カカオは中央アメリカから南アメリカの熱帯地域を原産とするアオギリ科の常緑樹で、カカオノキ、ココアノキとも呼ばれます。


 熱帯アフリカ西部原産の常緑高木ソーセジノキ(ノウゼンカズラ科)果実が、樹下に長くぶら下がっています。果実は、名前と異なり食用にはなりませんが、アフリカでは皮膚病の薬として用いられているとのこと。


 最後に、沖縄でよく見かけた樹木を2本紹介します。これはコバテイシ(枯葉手樹)でモモタマナとも呼ばれます。樹木の上方が横に広がり、葉も大きいため、沖縄では貴重な木陰を提供し、傘の木とも言われるそうです。街路樹や公園樹としてよく用いられています。

  
 最後は私の大好きなガジュマル(クワ科)の樹です。公園で数多く見つけました。ガジュマルは幹が多数分岐して繁茂し、幹や枝から細い気根を地面に向けて垂らします。そして、垂れ下がった気根は地面に着地すると新たな幹になり、何本もの幹が林立するような独特の形状に成長していきます。沖縄勤務時には、気根を垂らしながらたくましく成長するガジュマルの木に感動を覚え、「ガジュマル精神」が大事だなどと話していたことを思い出します。
  

 なお、この記事を元に季節のスケッチにも「23年6月沖縄」としてアップしています。
 http://keima.la.coocan.jp/season-full/season23-6okinawa/



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